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古都 鎌倉散策道【鎌倉大仏・高徳院】
鎌倉大仏
 湘南の明るい空をいただいて鎌倉大仏の阿弥陀如来像は、定印を結んで安坐している。うつむきかげんのお顔はおだやかで、極楽浄土の教主にいかにもふさわしい。頭には螺髪(巻貝状の頭髪)額には白毫(びゃくごう)を置く。白毫は眉間の白い旋毛で、ここから光明を発するともいわれ、仏にそなわる32のすぐれた特徴(32相)の一つである。
 大仏は像高12.38メー卜ル、顔の長さ2.35メートル、眼の長さ1メートル、眉の長さ1.24メートル、□の幅82センチ、耳の長さ1.9メートル。昭和35〜36年の修理では強化プラスチックで補強され、免震構造が施された。胎内拝観(拝観料20円)もできる。
住所 鎌倉市長谷4−2−28
電話  0467-22-0703
拝観料 有料(大仏胎内拝観別に20円)
拝観時間  7時〜18時(10月〜3月は17時30分まで)
アクセス  江ノ電長谷駅より徒歩10分
高徳院 (こうとくいん)〈鎌倉大仏浄土宗)
 露坐の大仏(阿弥陀如来像)で知られる高徳院は、大異山高徳院清浄泉寺という。開山、開基ともに不明である。源頼朝の侍女・稲多野局が思いたち、僧浄光が資金集めをして作ったと伝えられている。奈良の大仏が勅命によって国を挙げて作られたのに対し、鎌倉大仏は民衆の浄財を集め完成に至ったといわれる。
住所 鎌倉市長谷4−2−28
電話  0467-22-0703
拝観料 有料(大仏胎内拝観別に20円)
拝観時間  7時〜18時(10月〜3月は17時30分まで)
アクセス  江ノ電長谷駅より徒歩10分
高徳院・寺史 : 【鎌倉史・源氏から北条氏滅亡の軌跡
宗派  浄土宗
山号寺号   大異山尚徳院清浄泉寺
創建   1238(暦仁元年)
開山  
開基   
本尊 阿弥陀如来
寺宝
本尊の銅造阿弥陀如来坐像は国宝に指定されている。
 
 仏の偉大さを強調した巨大な像が造られるようになったのは、4〜5世紀のインドに始まるといわれている。
 日本では聖武天皇が741(天平13)国ごとに国分寺を置くことを発願し、その総国分寺として東大寺を創建し『華厳経』の教主である(毘)盧舎那仏(奈良大仏)を造立したのがはじめである。その建立は国家の威信をかけたもので、大仏の開眼供養は752(天平勝宝4)年に盛大におこなわれたのであった。
 鎌倉大仏は、いかなる理由で造立されたのであろうか。当時は、仏教が衰退し世の中が乱れるとされる〈末法〉の時代に入っていると信ぜられ、加えて災害などが続出して、深刻な社会不安の中にあった。その上うな世情にあって人々の心をとらえたのは、阿弥陀如来を一心に念じてひたすら極楽浄土に往生することを願う阿弥陀信仰であった。 鎌倉大仏も、そのような人々の厚い信仰に支えられて造立されたのではなかろうか。
 伝えによれば、1195(建久6)年、東大寺の再建供養に臨んだ源頼朝は、奈良大仏にならって大仏建立を発願したという。果たせぬまま没した頼朝の願いを実現するため、侍女の稲多野局が尽力し、浄光が諸国に勧進(寄付を募るごと)して造立されたという。
 1238(暦仁元年)に着工し、6年後に完成した大仏は当初、木造であった。だが、1247(宝治元年)、大風で倒壊。1252(建長4年)に現在の青銅像が鋳造され、大仏殿に安置された。その後、大仏殿は二度の大風で倒れ、その都度復興されたものの、1498(明応7年)、津波で流されてからは露座の大仏として今に至っている。
 江戸時代に浄土宗の高僧、祐天(1637〜1718)が大仏の復興に努力し、宗旨も浄土宗に変えた。
 境内の観月堂に安置されている聖観音像は、徳川二代将軍秀忠の所蔵であったといい、鎌倉三十三所観音霊場の第二十三番札所本尊でもある。
 大仏を鋳造した人物として大野五郎右工門と丹次久友の名が伝えられる。総高約13メートル、総重量121トンの仏像は宋の影響を受け、像身は頭部まで含めると十数段に分けて鋳造され、各段を接合する技法(鋳からくり)も当時の工法としては最高の水準で造られている。1925(大正12年)の関東大震災にも倒れることはなかった。
 境内奥には観月堂があり、その傍に「かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな」の与謝野晶子の歌碑がある。
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